梅雨明けしたと思ったら急に暑くなってきて、身体がついていきません。
司馬さんが産経新聞に在職した13年間、そして直木賞受賞後、作家としての執筆活動やエピソードの数々。
小学六年生に宛てた手紙という形をとった『二十一世紀に生きる君たちへ』から、
〈私の人生は、すでに持ち時間が少ない。例えば、二十一世紀というものを見ることができないにちがいない。君たちは、ちがう。二十一世紀をたっぷり見ることができるばかりか、そのかがやかしいにない手でもある。
もし、「未来」という街角で、私が君たちを呼びとめることができたら、どんなにいいだろう。「田中君、ちょっとうかがいますが、あなたが今歩いている二十一世紀とは、どんな世の中でしょう。」〉
そこに「新聞記者 司馬遼太郎」がいる。
(序章より)
司馬遼太郎さんは、大阪外語から満州へ学徒出陣されたということですが、自分の伯父(母の一番上の兄)も、同じ大阪外語から大陸へ学徒出陣しているので、ほぼ同年代なのかなぁなどと思いながら読みました。
(司馬さんは蒙古語科、)
この本を読んで、痛感したのは自分が文章を書くのが何と遅いことか…ということでしょうか。
(司馬さんは、他の作家の新聞の連載小説で原稿が落ちて休載するところを代わりに書いてしまったという。)
帰りに新宿を散歩しました。
操作が簡単な電話機を買いに行ったのですが、色が黒しかなかったため、いったん保留しました。FAXも何もついていないシンプルなタイプで、短縮ダイヤルが出来るタイプが欲しかったのですが…。
住友三角広場↓
「住友三角ビル」には、昔ゲームセンターが入っていてインベーダーをよくやりに行きました。
恋弁天
「心は狂い 花が咲く」
ついでに都庁も